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その4からのつづきです。


<狂気の天才かもしれない方へ(笑)>

とにかく、自分の価値観をコピーしたり、
そういう、「正解モデルみたいな雛型」を作っちゃダメなんだよね。(笑)
「表面の正解モデル」なんかを作るから、みんなおかしくなって、心の理想も覚悟も壊れてしまうのに。

必要なのは、表面や結果とかではなく、信じ込まないで「試しにやるやり方」とか、色々やってると発生してくる「異和感をなくす方法」とか、つまり「正解モデルを必要としなくなる方法」なんだよね。

本当は、それが技というものだった。磨いていく方法のことだった。インスタントな正解マニュアルなんかじゃなかった。技は、磨くことで変わっていくものだったから。
才能とか天分とかいうものは、古くは「異和感を見抜くセンス」のことだった。異和感に気付く、こだわりの「狂気の天才」たちは、努力の結果が、はるかに大きかった。

「異和感に気付く者が、異和感を減らす技を磨いて、変に思われても覚悟して行動した」時に、やっと異和感が減りはじめる。

だから、異和感に気付く「狂気の天才」を、ネガティブで「後ろ向き」だと勘違いしている者も、まだ世間には多いが、「そんな考え方こそ後ろ向きだ。」と言わなければならない。

世間には、そんな理由などで、「狂気の天才」を弾圧している余裕などはないはず。
異和感のかなり多い時代なのだから。

「世間一般の普通」の彼らが、無神経なだけかもしれない。むしろ今は、無神経な者が多すぎて、問題や異和感が増え続けているように見える。

世間は「狂気の天才」たちの手を、もっと借りましょう。(笑)
みんな実は、「異和感をなくす力」を秘めた、彼らを「待って」いるんだから。


今回の長い話は、これで、終わりです。
何らかの、ヒントになれば、幸いです。
超長文を読破して下さり、ありがとうございました。(笑)


狂気の天才を待つ時間その1に戻る?



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