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「論理系」 

論理系は、共感系の反対です。要するに理屈っぽい人。
この人は記憶力を要求すると一番早く覚えます。
でも、うちでは記憶力を要求しないので一番遅くなっちゃいます。
このタイプはテキストを渡して覚えさせれば早く覚えるのですが、
最初に言ったように、技術を覚えるにはあまり意味が無い。
そこで何も使わずに「自然にこれをこうやって…」と言うと
「なんでやるんですか?」というように、どうでもいいところでいちいち引っかかってくるんです。

しかしこのタイプは最初の初級のことを、
ひとつひとつ「なぜやるのか」と引っかかりながら進むので、
後半にぐっと伸びて技を編み出すことができる。
なんとなくやってきた共感系に比べて、後半の創出力が高い。
引っかかってきた甲斐が出てくるのはずっと後なので、
この人は最初は一番遅いんです。でもそれでいいんです。

こういうことを最初にバラしてしまうと、
誰が早い遅いのコンプレックスがどこからきているのかわかるし、
無駄な競争をする必要がないとわかりますよね。
競争化社会にさせない方法があるんだから、最初にそれをバラしてしまう。
見守っている人、つまりここでは「教える人」ですが、
その人がどう見守っているかをバラしておけば、
組織の構成員はムダな足の引っ張りあいをしなくなるんです。

論理系の人は、
テキストが無い状態で教わる時に、一番遅いということがわかっていれば
ムダにイライラしたりしません。
自分の納得のためにいちいち引っかかると覚えておけばいいんです。

例えば組織にこういうタイプの人がいると、
「あの人はなんでいちいち文句ばかり言うのかしらね」
って煙たがられたりしてやめさせられちゃうこともあります。
逆に、知識を重視する組織に入れば、誰より早く覚えますから
「お前は素晴らしい」とほめられます。
だけど、その行く末は「知識でイヤミな人間」に育ってしまう。
もったいないね、一番覚えるのが遅くてもオッケーっていう風にわかった上で、
それを見守る場所なら一番後半に伸びるのに。
こういう人がはじかれて別の思い上がる組織で伸びちゃう。
あまりいいことじゃないんですよね。

こういう人に教える側の問題点、注意点として、
「自然に」とか「普通に」とか言わない、ということがあります。
そう言うと怒り出します。
「何が自然なんですか?」「普通ってなんですか?」って。

なぜ「普通に」とか「自然に」が禁句かと言うと、
共感系の人は「外側からの傷があった人」で
緊張させたら能力値がゼロになると言いましたよね。
それに対して論理系の人は
「自分の内側に傷がある人」で、
いわゆるコンプレックスがある人なんです。
「普通」に「自然」に勝負したら負ける理由がある人です。

例えば僕は色盲なんですが、
色がわかる人と普通に何かで勝負したら不利で負けやすいですよね。
そこで知識とか技に走るんです。
例えば自分が背が低いと思ったり、足が遅いと思った時に、
普通にかけっこで勝負したら負けるでしょ?
だから「普通に」とか「自然に」やれって言うのは、
「そんなやり方でやったらオレ負けるだけじゃないですか、なんですかそれ」
っていうことなんですよ。
だから負けないために、
裏の技と知恵に走って、近道を見つけるとか、
何か技を使って早くゴールに着く方法を編み出していく。
そういう人に「自然に」とか「普通に」とか言えば怒りますよね。

共感系の人が「外からの理不尽の傷」だとしたら、
「中の自分の能力値が足りないというコンプレックスの傷」なんですね。
傷も学び方も対照的です。
だから論理系の人に何かを教える時には
「普通に」とか「自然に」と言わなければいいんです。
まぁこうしてバラしてしまえば言ってもよくなるんですけどね。(笑)

悪く育つパターンも言っておくと
「官僚」に育つとたちが悪い。
論理を用いて自分を守り人を攻撃し出すから。
めんどくさいです。

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