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自分を統合させるためには、この4つの要点を把握した上で、
あと二つ追加で言っていることがあります。

自分の家の絵、庭の絵を描いて下さいという心理テストがありますが、あの「心象風景」を使います。
その家の裏庭に当たる場所に、
「過去に自分が恥ずかしかった時の自分」が、氷付けで埋まっているんです。
これはイメージの話ですが、
心象風景の裏庭から掘り出した「恥ずかしかった自分」の顔を見ることができたら
呪いが解けている、自分の過去の縛りがとれているということなんです。
これが自分を統合させるために必要になってきます。

自分を統合させる要点というのは、
4つのタイプがあることを知り、
恥ずかしい自分が氷付けで自分の心の裏庭に埋まっていることを認識すること。
それをひとりずつ顔を見ていくと解けていくということなんです。

最後に、もうひとつの要点が「師匠」にあたる人。
うちは「師匠」とか「先生」とか呼ぶことを軽く禁止しているんですよ。
言葉狩りをするほどではありませんが。
なぜかというと、
「師匠」「先生」と呼ぶ事によって階級というか
立場がはっきりしてしまいますよね。
階級をつけると伸びが悪いし、お互いに縛りが生じてめんどくさくなるんです。
ただ「弟子」という言葉は使います。弟が兄を超えてもいいからね。
ままあるわけです、そういうことは。
それで「弟」はいいでしょうということで使っているんです。

だから、師匠に当たるのは「自分の身体意識」だと思って欲しいんです。
「しっくり」することを師匠にしてください。
もうちょっと詳しく言うと
「丹田、みぞおち、眉間」を
それぞれ「しっくり、いいかんじ、なっとく」するように、
自分の体感を師匠にして確認していくと、いい認識になります。

以前、揉みの授業の時、
モデルで揉まれている人が「痛い痛い」と言っているのに、
「もっと押してもいいですか?」って僕に聞いた人がいるんですよ。
今、目の前で押されている人が痛がっているのに、
横にいる僕に聞くというのは、おかしいことだと気付かない。
僕が「死ぬまで押していい」と言ったら死ぬまで押すかもしれませんね、この人は。
こうなっちゃおしまいです。
自分の体感で判断できない人間が人の身体を触ったらおかしいことになります。

どんなことでも実は繋がっています。
自分の身体の体感意識を育てることを目指してください。
例えば、右の道を行ったらいいか左の道を行ったらいいか、と言う状況の時に、
「直感で選べ」というと「どうしたらいいかわかりません」となりますよね。
そこで「しっくりする方に行け」というと
「じゃこっち」って意外と決められるんです。 

「直感を鍛える」というと、熟語だしよくわからなくなるけど、
「しっくりする」方を選ぶようにしていくと、勘がよくなるんです。
それは身体認識の勘なんですね。
それが自己判断の基本になります。
頭が基準を設け、身体が体感を設けて、どうするかを心で決めるわけですね。
その身体認識を師匠と言うなら「師」にすればいい。
「しっくり」を判断の基準にするということです。


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