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これが、弟子になりたいと言う人に、僕が最初に言っちゃうお話です。
整理して言うと、

「一度ゼロになる」
「カッコ悪く覚える」
「知識ではなく自分の体感からの感想で言葉を」


そして、
「自分を統合させるための3原則」
として後半に言っているのが、
「4つの気質」と、
「心の中庭で氷付けの自分の顔を見ると呪いが解けて統合しやすくなる」話。
自分にかけている無意識の縛りのようなものが解けていきます。

そして確認は「自分の体感」「しっくり」「なっとくいく」「いいかんじ」みたいなもので、
「しっくり」を師にするということ。

こういう話を全部先に言っちゃうと、無駄な競争がなくなります。
もちろん必要な競争を否定しているわけではありませんが、
「何回言ったらわかるの?」とか牽制したり、
反発した人をつぶそうとしたりする人って必ず組織にいますよね。
「昨日先生に反発していたあのバカをつぶしておいて
三回言ったらわかるんだって教えておきました」みたいな行動、
そういうのはぼくは徹底的にやめて欲しいのね。
わざわざすごく居辛い場所を作って、
こっちが何倍も生徒に気を使いながら生きていかなくちゃいけないなんて状況イヤですから。
競争して牽制して、どっちが先に覚えるかとか、もう本当にいやなのね。
だから無駄に競争する必要がないように4つの気質を教えてしまうんです。

体感については「自分で判断」すること。
そして恥ずかしい自分は心の中庭に埋まっているからというのは
実は「脅し」なんですよ。
「ちゃんと見えてるからな」っていう脅しです、これも。

そして、テキストを最初から使わないこと、
カッコ悪く質問、疑問、反発していいこと、
「ハイわかりました」を強要するとか、
先輩がこう言ってるんだから後輩は従うしかないとか、
そういうくだらない空気を一切やらせないという縛りを、
頭では覚えていませんが、心にしっかりザックリと最初に言うんです。
(栗木補足:トトロはこの長い話をもちろんテキストにしていません。
ガーッと一気に話してしまうので、聞いている方はぐったりして、もはや頭では理解できません。
これをテキストに起こすのに栗木も何年もかかりました。)

こういう話が通じない人間は、そもそも弟子にしてはいけないんです。
「みだりに師につくな、みだりに弟子をとるな」
という中国の古来の言葉通りです。
だからそういう場合は優しく断らさせて頂きます。

断り方、知りたいですか?今まで何人か断ってます。
例えばアロマテラピーとかリフレクアロマをすでに習っている方で、
これは弟子にしちゃいかんと思った場合、
「もう習っているものがあなたにはあるんだから、それを用いて自分流を作った方がいいですよ」
という話をするわけです。
「教えることはない」という表現をしないように見えるけど
「ないよ」と言うんです。
または全然違うものであると伝えます。
「ちゃんと習っていなかったから、リフレクソロジーを習いたい」というような場合、
うちは全然それとは違うから、リフレクソロジー協会のものをとった方がいいですよ、と。
あとはデコルテとかアロマとかエステで揉んだり、
ハワイのロミロミに興味があるなら、
それをやればあっと言う間に自分の店ができちゃうから、
もうやった方がいいよ、という話をします。ひとつのパターンとしてはね。

あとは「ちゃんと覚えたい」の「ちゃんと」が過ぎる人とか、
もうすでに何か覚えたものがあるのに動けないだけの人とか、
いろんな人がいるわけですよね。
そういう人には「エール」を送ることにしてます(笑)。

でも僕的に弟子にするのはどうかな?と思ったとしても
「ここでこれをやるしか道がない」というケースの人もたまにいるので、
そういう人は残っていきます。他に方法がないんですよね。

そうではなく、自分や家族にもたいした負荷がかかっていないのに、
こんなこと(揉み)をやろうとしたらね、
「ちゃんとしたい」という思いが強くなり過ぎるんです。
ちゃんとだろうがなんだろうが関係ない、
よくなればいいんだ、改善すればいいんだ、
なんでもいいって言う人ならいいんですけどね。

この話は、
「競争とか争いとか牽制とか馬鹿馬鹿しい」って言ってるようなものだから、
普通は話を聞けばやらなくなりますよ。
それでもしそうな人ってのは最初にひっかかるからわかるんです。あやしいって。

普通の場所(教育現場や会社など)ってストレスも多くて苦しいですよね。
人工的にいい環境を作るために、僕は努力を払ったわけです。
最初に「わかってるからな」って脅しておくことでね。
まぁ脅さなくてもいいんですよ、優しく、まるで賢者みたいに話せばいいんですから。

「教育は脅しよ」ってうちのおふくろはよく言ってたなぁ。
「脅し」というのはもちろん言葉の上のジョークでもあります。
ぼくの教育は脅しと癒しだったの。
でも脅さなくちゃいけない時に癒して、癒さなくちゃいけない時に脅しちゃいけないなぁと思います。

なんだか道徳的なことを言ってますが、僕は道徳は実は好きじゃないんです。
しかし、実効性があるんですね。
例えば姿勢がよくないと、
「眉間、丹田、みぞおち」がちゃんと機能しないから、
姿勢が良い方が実際身に付くわけです。
だから実効性がない道徳はほとんど廃れていったんだけど、結構残ってますよね。

世間で常識と思われるものは、突き詰めて検証していくと逆の結論が出ることも多いんです。
でも検証したことがない人はなんとなくやってるわけです。
こちらは何倍もの努力を払って検証しているので、
そうすると最初から主張しなくても通っちゃうんです。

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