上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
期間的なものについても軽く話しておきましょう。
最初に「しっくり」を体験して、
一年ぐらい経つと、だんだん「感じてくる」んです。
それが言葉になるには、最初から見て「3年半」かかります。

丹田、みぞおち、眉間について、もう少し解説しておくと、
「丹田=できる」
「みぞおち=感じる」
「眉間=わかる」
と言いい換えることができます。

最初の一年は師匠から「できている」と言われても、
「感じません、わかりません」と思う人が多いです。
この順番は、世の中では
「わからないと感じられない、感じられないとわからないし、できない」
と思わされていますが、実際には、
「できてからそれを感じることができる、でも言葉にできず説明できない」
が当たり前なんです。

ためしに彫刻家に弟子入りして、
彫刻とはなんたるかを「わからないのできません」と言ってみてください。
一日で破門になるから(笑)。
「オレだって何十年も彫刻をやってなんなのかわからないんだぞ」
って言われて終わりですよね。
わかってからじゃないとやる気が出ないなんて、
軽くて軽くてもう人生鼻息で飛ぶくらい軽いです。

そういうことばかりやっている人が多いんです。
重みがあるものなら、できたとしてもすぐには感じないし、
できて感じたとしても、それが言葉になるのは3年半も後です。
それが何かを覚える時の本当の順番です。
だけど、そういう職人的な順番で教えると
「あの会社はちゃんと説明をしてくれない。
コンプライアンスがダメな新人教育ができないダメな会社だから、
私はできなくていいんだ」
みたいな新入社員が増えたの。
そうして一生、イヤミな三流になっちゃうんですよ。

まあ、本当に新人教育がダメだったり、
試用期間内に、新人の親族に商品や契約を売り付けることだけを考えているような会社も最近多いようなので、
そういう状況は、単に受け入れて努力しても苦しいわけで、非常に難しい社会になってきています。
 自分の縁と運で出会った体験の全てを、味わって次に繋げるしかないです。
「戦争や訴訟や殺し合い」にならない程度の「争いや摩擦」は、学習の機会としつつ、
逃避じゃなく回避して離脱するのがいいでしょう。

 逃避と回避を区別することも大切です。
逃避は目的にたどり着かなくてもいいやと思うこと、回避は目的にたどり着くためにすること、なんですよね、実は。
 わかりやすく例え話をするなら、
「あなたはドライブをして目的地に向かう途中でした。目の前に地割れのような谷が見えてきたので、あなたはアクセルを踏み谷をジャンプして飛び越えました。」
というストーリー、なんか変ですよね。
「あなたは左右どちらかにハンドルを切り、谷を越える橋がかかっているところを見つけて渡り、目的地にさらに向かいました。」の方が自然ですね。
 ところが、橋を探しに迂回したり、一度家に帰って装備を準備しなおしたりすると
「逃げるな、チキン。」と言われるのは日本でも海外でも同じで、
これこそ暗示であり、人を死に追いやる呪縛なんです。
バックトゥーザフューチャー2のラストのネタがこの辺をかすってましたね。
主人公がチキンと言われて行動を変えるシーン。
 無理にジャンプしたとして、半々の確率で跳べたとしても、
半分は落ちても逃げずに格好つけたかっただけで、実は逃避ですよね。
逃げたと罵られても、迂回したり準備しなおした人の方が、目的にたどり着くための回避をしたことになります。
本当に逃げていないのはこっちの方ですね。
 つまり、格好つけて飛ぶ方が半分は逃避で、
格好悪いように見えても迂回する方が、
実は回避しただけで逃避せず目的にたどり着くかもしれないっということは想像できますね。
「チキン」と言われることを怖れて格好つけて無責任な外野に殺されるより、
逃避と回避を区別して生き延びた方がいいですね。

今日の話は終わりとします。長い話を聞いて下さって、本当にありがとうございました~。


スポンサーサイト
Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。