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「直感系」

そして、三つの傷、
「外からの傷」
「内側の傷」
「暗示の傷」(しばられた傷というべきか…。)
その3つの傷を乗り越えて、最終的になるのが「直感系」なんです。
共感との違いは簡単。
共感は単に感情が読めるだけでしたけれど、
直感は自分に合うか合わないかが基準です。
世間的に正しいとか間違ってるとかそういうことはどうでもいい。自分に合うか合わないかだと。

この人の長所は要点の把握能力が一番高いんです。
教わっていても「ここが要点でしょ?」とすぐにわかります。
ただ教える側の注意点としては、
ゴールから教えないとすぐ授業に来なくなる(苦笑)。
自分に合わないと思うとすぐに来なくなるんです。
コツコツ下から積み上げる、そういうのは苦手なんです。

例えば授業ではいろんな場所をいろんな方法で揉んだ後、
膝裏を緩めればいいと教えるんですけれど、
その時に足を上げて伸ばせば膝裏は緩むんです。
で、直感系の人はですね、
最初から足を上げりゃいいんじゃん!という発言をした人がいます。
コツコツ揉むより 比較的そういうのが好きなんですね、直感の人って。
ただ、要点がわかるからこそ奥義が欲しいわけで、
コツコツ積んでいった体感というのが苦手な場合のケースですが。

他の3つの傷が癒えて直感になった人はいいんですが、
生まれながらにものすごい直感系という人もいます。
本当の芸術家とかで、
人の言うことを一切聞かないし、すぐ授業には来なくなる。面白いんだけどね。
ただ、うちの組織はいつしか傷が癒えてみんな直感系になっちゃうんで、
教える側としてもイヤだとは言ってられないわけですよ。
また必要があれば来るし、
まぁ義理堅く育って連絡をくれる人も中にはいるんだけど、
いつ来るかはさっぱりわからないということも多くて面白いです。

この直感系の人は悪くすると教祖になるんです。
教祖になって狂信者と組んだら組織は滅びるという組み合わせになっています。

暴君(率直系)と官僚(論理系)の組み合わせ、
狂信者(共感系)と教祖(直感系)の組み合わせ、
これがぴったり合った時に、
組織がおかしくなってどうにもならなくなっちゃうというパターンがたまにありますね。

Yさん:全部自分に当てはまるんですが…

トトロ:Yさんは、ものを覚える時には直感系になっているんじゃないかな。
ルートは違うけどいろんな傷を乗り越えて直感になった頃にたぶん僕は会ってるんですよ。
だって自分に合うか合わないかの話をしてますよ。
Yさんがしゃべったセリフをいくつか覚えてますから。
だけどまぁ、直感系になったばかりかもしれません。
だから散々その暗示も傷も解けていろいろあった後なのかもしれませんね、
僕が見た時にはもうその状態だったから。
でもまだ新しいやり方でどうやって生きたらいいのかが、ス
イッチオンにはなっていなかったんですね。たぶん環境かな…。
本人は育ったけど、組織の一員だったから、自己流で運転したことがなかったんですね、
マシンは改造されて本人は成長した後だったのに。

このタイプどれも当てはまる気がする人は多いです。
全部の傷を持っている人はいっぱいいます。
でも習う時には結構どれかになることが多いんですよ。

こういうことを学校でわかっている人がいればいいんですけどね。
どうしても「競争させる」方にいっちゃうからね。
教える側がどういう風に見てるかをはじめにバラしてしまう。
すると人は無駄な競争ををやめるんです。
自分の中の外の傷、内の傷、縛られた傷が解けて直感に至って、
直感になると言うことを聞かなそうな人になって、
自分に合うか合わないかで、要点だけ満たされていく。
それでも、他の傷がある人は意外とどれもわかるから、態度は悪くないですけど。
生まれながらに直感系の人ってたまにいるんです。
そう言う人は態度が悪い。才能はあるんですけどね。


「率直系」

3つ目の率直系が実はこの職場では一番やっかいです。
一対一の揉みができないんですよね、率直系の人というのは。
率直系の人は暗示にかかってきた人。
外の傷、内の傷ではなく「暗示の傷」というのがあって、
一見「傷」に見えません。

理不尽ではないけれども、戒律がはっきりした両親に育てられた場合に多いです。
よいこと、悪いことの定義をしっかり設けられて、よいことをしてきた人。
この人たちはどんな教え方をしても、
つまり、知識で教えても、直感で教えても、
記憶力を使う教え方使わない教え方どっちをやっても、
このタイプの4人で勝負したとすれば2〜3番で覚えてきます。

長所はというと、生命力が最強。
「体力残ってる人いますか」って聞くと「はい」って手を挙げます。
裏を返すとズルをしても体力を残します。
手抜きの達人です、実際には(笑)。

命令されるのは得意です。
そのため、軍隊や看護や介護のように、
あらためて考えて判断するよりも、
すでに判断され決まっていることを確実に実行することが大切な仕事に向いているんです。
だからこそ一対一の揉みはそのままじゃできないんですよね。

この人たちにも禁句はあるんですよ。
「ダメ」って言われるとどうしていいかわからない。
彼らは自分の動機を捨てて
「正しいと言われてきたこと」をする生活を小さい頃から積んできたんですよ。
だから「正しいとされてきたこと」を自分はしているはずなのに、
誰かからダメと言われると
「私は正しいことをやっているのにダメと言われても困ります」という反応をします。
だから率直系の人に「ダメ」って言うと拒否します。

ただ、目上からだけは「上書き」を許します。
(栗木補足:目上を敬うこと、従うことが正しいと教育されているため。)
目上からの「もっとこうして」とか「こういう風に追加して」とかの指示のみが受け付けられるもので、
「ダメ」と目下に言われても受け付けないんです。
だから、このタイプの人は、組織でナンバーワンになってはいけない人です。
師範代ができたとしても、師範はいないといけないし、
社長になったとしても、会長がいないとダメなんです。

ところがね、ダメって言われるとクヨクヨするけど
「こうやればいいんだ」って言うと立ち直ります。

もしも王様に三人の子供がいて、
共感系と論理系と率直系の3人だったとしましょう。
王様にとってはこの率直系が一番かわいく思えるんですよ。
何か指示すれば顔色を窺うわけでも、反発するわけでもなく
「ハイ!」って行動するし、体力残せって言ったら残してるし、
どんなやり方で教えても論理にも直感にも変調しないで2〜3番で覚えてくるし、
?ればへこみ、諭せば立ち直る、そりゃかわいいでしょ?
だから上の兄弟を差し置いて、この子を王様にしたくなるの。

ところがこのタイプってのは、
悪く育った時に何になるかというと「暴君」になるんです。
なぜかと言うと、正しいとされたことをやっている人が、
家来から「それ王様間違ってます、ダメです」って言われたらどうすると思いますか。
処刑するんです。
親とか上司、師匠など目上の人がいない立場にいる時、
誰かにダメと言われたら、自分は正しい行動をしていると思っているので、
正しさに従わないものを、悩んだ末処刑するしかなくなってしまうんです。
よって暴君になりやすいんです。

だから歴史を見ると、かわいい息子をトップにし、
わざわざ暴君を作って国を滅ぼすことが多いんです。
しかも上の人間から見ると、まさか暴君に育つとは思えない。
いいやつじゃないか、と思ってしまう。
けなせばへこみ、ほめれば伸びて、成長しているじゃないかと。
残念ながら違うんですね、これは。
彼は暗示にかかり、正しいとされることをやっている権化なんで、
目下からの諭す言葉を一切受け付けない人です。
これが官僚系になってしまった論理系の人と組めば最強ですね。
官僚と暴君が組んだ組織は滅びる運命にあります。


「論理系」 

論理系は、共感系の反対です。要するに理屈っぽい人。
この人は記憶力を要求すると一番早く覚えます。
でも、うちでは記憶力を要求しないので一番遅くなっちゃいます。
このタイプはテキストを渡して覚えさせれば早く覚えるのですが、
最初に言ったように、技術を覚えるにはあまり意味が無い。
そこで何も使わずに「自然にこれをこうやって…」と言うと
「なんでやるんですか?」というように、どうでもいいところでいちいち引っかかってくるんです。

しかしこのタイプは最初の初級のことを、
ひとつひとつ「なぜやるのか」と引っかかりながら進むので、
後半にぐっと伸びて技を編み出すことができる。
なんとなくやってきた共感系に比べて、後半の創出力が高い。
引っかかってきた甲斐が出てくるのはずっと後なので、
この人は最初は一番遅いんです。でもそれでいいんです。

こういうことを最初にバラしてしまうと、
誰が早い遅いのコンプレックスがどこからきているのかわかるし、
無駄な競争をする必要がないとわかりますよね。
競争化社会にさせない方法があるんだから、最初にそれをバラしてしまう。
見守っている人、つまりここでは「教える人」ですが、
その人がどう見守っているかをバラしておけば、
組織の構成員はムダな足の引っ張りあいをしなくなるんです。

論理系の人は、
テキストが無い状態で教わる時に、一番遅いということがわかっていれば
ムダにイライラしたりしません。
自分の納得のためにいちいち引っかかると覚えておけばいいんです。

例えば組織にこういうタイプの人がいると、
「あの人はなんでいちいち文句ばかり言うのかしらね」
って煙たがられたりしてやめさせられちゃうこともあります。
逆に、知識を重視する組織に入れば、誰より早く覚えますから
「お前は素晴らしい」とほめられます。
だけど、その行く末は「知識でイヤミな人間」に育ってしまう。
もったいないね、一番覚えるのが遅くてもオッケーっていう風にわかった上で、
それを見守る場所なら一番後半に伸びるのに。
こういう人がはじかれて別の思い上がる組織で伸びちゃう。
あまりいいことじゃないんですよね。

こういう人に教える側の問題点、注意点として、
「自然に」とか「普通に」とか言わない、ということがあります。
そう言うと怒り出します。
「何が自然なんですか?」「普通ってなんですか?」って。

なぜ「普通に」とか「自然に」が禁句かと言うと、
共感系の人は「外側からの傷があった人」で
緊張させたら能力値がゼロになると言いましたよね。
それに対して論理系の人は
「自分の内側に傷がある人」で、
いわゆるコンプレックスがある人なんです。
「普通」に「自然」に勝負したら負ける理由がある人です。

例えば僕は色盲なんですが、
色がわかる人と普通に何かで勝負したら不利で負けやすいですよね。
そこで知識とか技に走るんです。
例えば自分が背が低いと思ったり、足が遅いと思った時に、
普通にかけっこで勝負したら負けるでしょ?
だから「普通に」とか「自然に」やれって言うのは、
「そんなやり方でやったらオレ負けるだけじゃないですか、なんですかそれ」
っていうことなんですよ。
だから負けないために、
裏の技と知恵に走って、近道を見つけるとか、
何か技を使って早くゴールに着く方法を編み出していく。
そういう人に「自然に」とか「普通に」とか言えば怒りますよね。

共感系の人が「外からの理不尽の傷」だとしたら、
「中の自分の能力値が足りないというコンプレックスの傷」なんですね。
傷も学び方も対照的です。
だから論理系の人に何かを教える時には
「普通に」とか「自然に」と言わなければいいんです。
まぁこうしてバラしてしまえば言ってもよくなるんですけどね。(笑)

悪く育つパターンも言っておくと
「官僚」に育つとたちが悪い。
論理を用いて自分を守り人を攻撃し出すから。
めんどくさいです。

「共感系」

共感系の人というのは、記憶力を要求しない状態では一番早く覚えます。
そこが長所です。
勘でいけるからスルスルと早く覚えます。
記憶力を要求する教え方だと一番遅い、それが共感系の人の特徴なんです。

共感系の人とは具体的にどういうことかと言うと、
会社に出勤したら社内の人の感情がすぐわかる人です。
誰がイライラしているかすぐ見抜く。

感情がわかる人というのは一見便利そうにも見えますが、
実は深い傷によることが多いんです。
なぜそのような性格が培われたかと言うと、
人の顔色を窺わないと生きていけなかったり、
過去に理不尽な目に遭ってきていたりして、
感情を共感することが得意になってしまうんです。

このタイプの人の短所、というか注意すべき点は、
緊張させたり記憶力を要求すると、能力値がゼロになってしまうことです。
なぜかというと、これらの共感系の人は、
理不尽な親だとか目上の人、部活の先輩で
「お天気屋さんで何を言い出すかわからない」
「突然怒られるかもしれない」
というようなタイプの人と過ごす時間が長かったんです。
顔色を窺い続けるしかなかったという状態にあるため、
感情をずっと読み続ける癖がある。
緊張状態になると身体がこわばって頭が真っ白になっちゃうので、
共感系の人に緊張を与えると能力がゼロになる。
常に緊張感があるから、人を信用するのに相当時間がかかります。

ただ一番接客向きです。
人の痛みとか苦しみ、傷がわかる人だから。
共感系を言い換えると
「外からの傷があった人」とも言えます。  

このタイプは、組み合わせの悪いパターンで言うと、
狂信者になりやすい。
傷を癒してくれる優しい嘘にだまされやすい。
本当に厳しいいい意見を言ってくれたのと、
一方的に乱暴に人を抑制する人との区別がつかないから、
優しいだけの言葉を信じやすいんですね。
で、狂信者になると手に負えなくなってきます。
この組み合わせについてはまた後で詳しく解説します。

さてちょっと別な話。
ものの見方として、「人をどう見ているか」ということについて
最初にちょっとバラしておきます。
これも授業をする上で重要で、これが「無駄な競争をしない状態」を作るんです。

人間を4つぐらいのタイプに分けます。先にタイトル的なものを言っておきます。

「共感系」
「論理系」
「率直系」
「直感系」


「〇〇系」というちょっと不確かな感じのする分け方にしているのにも、
もちろん意味があります。
そもそも人間の性格を4種類に分けること自体が乱暴ですよね。
それぞれの境目にキッチリ線を引くことはできないし、
その時々でいろんな面を持っているのが人間ですから。
それでも敢えて、ここでカテゴライズするのは、
「何かを教わる時に、過去の傷によって学び方が違う」ことを知ってもらい、
仲間同士での余計な諍いに時間をとられないためです。
最終的には「人を性格でカテゴライズすること」の無意味さに気付いていくと思います。

あらためて解説しますと、ひとつ目が「共感系」、
二つ目は共感系の対局にある「論理系」、
三つ目は「率直系」、一見素直に見えて実はやっかいなタイプなのがこのタイプです。
この3種類は「傷の種類」を現してもいます。
そして4つ目が「直感系」。
最初からこういうタイプの人もいるけれど、
普通は最初の三つの傷が癒えてから直感系になります。
ちょっと共感系とも似ています。
(共感系と直感系がどう違うのかは、また後で解説します。)
これを弱点と考えて、4つとも鍛えることができるんです。

人は
「会社での自分」「家庭での自分」「趣味での自分」「友達と遊ぶ時」「恋愛している時の自分」
などいろいろな性質を持っていますが、
何かものを覚える時にはどれかひとつに偏りやすいんです。
途中から変わる人も稀にいますがね。

何かを教える時には、記憶力を使う教え方と使わない教え方があるんですが、
記憶力を主に使う教え方は、頭でっかちになるばかりで、あまり実践的とは言えないので、
なるべく記憶力を使わない方法を実践してます。
毎回真っ白になってもいいんです。ほぼ記憶していなくても。

例えば足裏の反射区を伝える時に「ここは腎臓の反射ゾーンです」と一度教えたとします。
1週間後に「ここはなんでしたか?」と聞いても覚えていない人も多い。
だけど「ここは腎臓です」って30回も言えば10回目ぐらいからだいたい覚えるでしょう?
そうすれば、いちいち記憶力とか使わなくても、身体が覚えていくんです。
だからカッコ悪いと思っても、覚えていないなら何回でも聞き返してください、
と最初に言っているんです。
これを最初に言っておくと、
「あなた何回言ったらわかるの」っていじめる先輩はいなくなるわけですよ。
教わる方としては気持ち的に楽でしょ?生徒同士のストレスも減るし。


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